大阪高等裁判所 昭和48年(行コ)18号 判決 1975年1月30日
控訴人 岸上宏平
<ほか七八名>
右訴訟代理人弁護士 村田哲夫
右訴訟復代理人弁護士 山上和則
被控訴人 池田市長 武田義三
右訴訟代理人弁護士 里見弘
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
控訴人ら訴訟代理人は「原判決を取消す。被控訴人が昭和四四年八月一九日付でした告示(池田市告示第六二号)のうち原判決添付図面(一)の赤斜線で表示する地区についての町区域および町名の変更に関する部分を取消す。控訴人らが、右記載の町名および区域変更告示処分に対し、昭和四四年九月八日付で被控訴人あてにした町名および区域等に対する変更請求につき、被控訴人が応答しないことが違法であることを確認する。被控訴人が昭和四五年一月二六日付でした決定のうち右記載の地区についての町区域および町名の変更に関する部分を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上、法律上の主張および証拠関係は左のとおり付加するほかは原判決事実摘示と同一であるからこれをここに引用する。
(控訴人らの主張)
一、本件告示の一部取消しを求める訴の適法性について。
住居表示に関する法律(以下、法と略称する。)五条の二第一項による案の公示(すなわち本件告示)があったときは、同法条二項所定の住民五〇名以上の連署をもって市長(被控訴人)に対し変更請求をすることができ、市長が右請求に応じないときは、請求者において不作為違法確認の訴えをおこすことができる。このことはとりもなおさず、案の公示があると地区住民に対し一定の権利を発生せしめ、これにより市長に義務を発生せしめることになるのであり、案の公示が何ら国民に不利益を招来しないということができないことを示している。すなわち、案の公示は行政処分であると解すべきである。以上の点において、土地区画整理法上の事業計画決定の告示が単に当該区域内の土地所有者等に間接的影響を与えるに過ぎないとされるのとは異なる(最高裁昭和四一年二月二三日判決民集二〇巻二号二七一頁参照)。
したがって、区域住民としては、もし案の公示(本件告示)に違法の点があれば、当然その取消しを求める訴訟をおこしうるのである。
本件の場合、控訴人らはつとに本件告示がその公示手続および内容において法三条四項、五条等に違背する違法がある旨主張しているのであるから、裁判所としては須らく右主張の当否について判断すべきである。
案の公示が住居表示の新設、変更実現のための最終的な手続でないことはそのとおりであるが、一般に、一連の行政手続のうちどの行政処分をもって抗告訴訟の対象となすかは、どの段階で争いの成熟性があるとみて、争訟を認めるかの問題であって、どの処分が最終的な効力を発生せしめる処分であるかの問題とは自ら異なる。住居表示の新設、変更手続中における案の公示が法律上独立の行政処分であることは前記のとおりである。
さらに、本件の場合は法の改正経過も考慮すべきである。すなわち、昭和三七年本法施行後、東京都下では町名変更等に関し住民と当局との間の紛争が絶えなかったため、これを立法的に解決したのが昭和四二年の改正にかかる法五条の二である。右法条により地区住民は先に述べたような変更請求権を与えられたのであり、このことはとりもなおさず、その前提たる案の公示自体が独立の行政処分であることを示しているのである。
二、控訴人らの変更請求に対する被控訴人の応答義務不履行の違法確認の訴えについて。
被控訴人がしたというてん末の公表義務の履行は法および施行令四条の趣旨に照らし不十分であり、法令の定める応答義務を履行したとはいえないものである。すなわち、てん末の公表とは、当該案に関する審議の経過とその結果について公表すること、換言すると、どこの委員会および本会議がいつどのように行われ、賛否に関しどのような討論がなされ、どのような採決がなされたかを発表すべきである。被控訴人がしたような何月何日何委員会提案、何月何日可決というような内容はわかりきったことで、何らてん末の公表というに値いするほどのものではない。
三、控訴人らが本件告示および本件決定の一部取消しを求める訴の利益について。
まず、市町村長の町名変更処分取消の訴の利益を否定した最高裁昭和四八年一月一九日判決は控訴人らと見解を異にするが、かりに右判決にしたがうとしても、それが妥当するのは改正前の法施行当時の事案についてであって、本件のように改正後のものについては右判決は妥当しないものと考える。改正法は前記のとおり五条の二を新設してはっきりと住民の地位を住居表示行政に参加しうる地位に高めたのである。したがって、かりに、前記判決がいうように、住民自治権といったような公権侵害があるということを根拠に住民に対し訴の利益を認めることが困難であるとしても、法改正後は明文により前記のような手続参加権を有するにいたっており、訴の利益を有することとなったと解すべきである。
町名変更処分の取消しを求めるについて必要な法律上の利益すなわち法的に保護された利益は次の二点について肯定される。すなわち、その一は処分の内容に関し、その二は処分の手続形成過程についてである。前者につき、法五条は「できるだけ区域を合理的にし」、町の名称については「できるだけ従来の名称に準拠する」ことを要求しており、この規定は単なる訓示規定でなく、行政庁に対し裁量を統制するいわゆる法規裁量規定である。したがって、行政庁が右裁量の範囲を逸脱した場合には、当該区域住民は当然これを是正する法的利益を有するはずである。また、後者については、前記のとおり地域住民は改正法により住居表示行政に参加しうる手続的保障を受けたものである。したがって、もし町名変更処分の手続に違法があれば住民としては右違法を是正する法的利益を有していること明らかである。
(被控訴人の主張)
控訴人らの右主張は独自の見解であるから首肯できない。
(証拠関係)≪省略≫
理由
一、被控訴人のした本件告示、本件決定の存在、控訴人らのした変更請求、議案の提出、可決等の経過に関する当事者間に争いない事実は原判決理由説示第一のとおりであるからこれをここに引用する(ただし、原判決二〇枚目表一〇行目の「四五年二月」を「四四年一一月」と訂正する)。
二、本件告示の一部取消しを求める訴えの適否について。
思うに、被控訴人のした本件告示は法の定めによって町の区域の新設等をなすさいの一連の手続過程(その具体的手続過程は原判決二〇枚目裏初行目から七行目の括弧を閉じる部分までのとおりであるからこれを引用する。)の中間段階においてなすべき案の公示、すなわち、市長が作成した原案を関係市民に公表する所為にすぎず、告示自体が直接控訴人ら区域住民(法五条の二第二項所定のものを以下、区域住民と略称する)に対し具体的な権利変動を生ぜしめるものとは考えられないから、右告示は未だ抗告訴訟の対象となりうる行政処分ということはできないと解するのが相当である。のみならず、本件の場合は、控訴人らは本件告示に後続する本件決定の取消をもあわせ訴求しているのであって、右決定取消請求のほかさらにその先行手続たる本件告示の取消を求める必要および利益はにわかにこれを認め難いところである。
法五条の二によれば、案の公示がなされた場合、区域住民は所定の期間内に所定の要式により市長に対し公示にかかる原案の変更請求をなしうることは控訴人ら主張のとおりであるが、右のような案の公示に伴う効果は、法が特に付与した付随的効果にとどまるものであって、公示そのものの効果ということはできない。また、右効果自体も区域住民に一定の手続参加を認めたものであって、何ら住民の権利ないしは利益を制限する趣旨のものではないのであるから、いずれにしても、前記法条を根拠として本件告示取消訴訟の適法性をいう控訴人らの主張は採用することができない。
そうすると、控訴人らの本件告示の一部の取消しを求める請求は爾余の判断をなすまでもなく不適法である。
三、公示案変更請求に対する不作為、違法確認の訴えの適否について。
行訴法三条五項および三七条によれば、一般に、不作為違法確認の訴えは処分または裁決について法令に基づく申請をした者に限り提起することができる。これを本件に照らすに、控訴人らのした本件変更請求は被控訴人市長がなすべき町の区域の新設等処分の一連の手続過程において法五条の二第二項が特に区域住民に認めた請求権を行使したものではあるが、右請求は、一般の例にみられるような許可申請、免許出願等とは異なり、請求人自身を名宛人とする一定の処分または裁決を求める趣旨のものでないこと明らかである。ただ、市長は、右請求を受けた場合、一定の措置すなわち右請求の要旨を公表し、案を議会に提出するとき右変更請求書を添える等の所為をとらねばならず(法五条の二第四、五項、同法施行令四条)、このかぎりにおいて、右請求は行政庁たる市長に対し、法律上、一定の所為をなすことを義務づけることにはなるが、右のような義務は前記法令によって生ずる効果にほかならず、また、所定の市長のなすべき所為自体もこれを請求人に対する行政処分または裁決ということはできないものであること前記のとおりである。したがって、控訴人らの本件不作為違法確認の訴えは、控訴人らが前記行訴法所定の法令に基づく申請をした者ということができない点においてすでにその要件を欠くものというほかない。
のみならず、本件の場合は、被控訴人はすでに前記法条所定の措置を履行していることが認められ、いうところの不作為状態は解消したというべきであるから、この点においても右訴えの利益は消滅したということもできるのであり、被控訴人の右履行経過に関する事実関係等は原判決理由説示(原判決二一枚目三行目から同二二枚目表一二行目の「認められる。」まで)のとおりであるからこれをここに引用する。控訴人らは、右の点に関し、被控訴人のした施行令四条所定のてん末公表は不十分であり、義務を履行したとはいえない旨主張するが、≪証拠省略≫によれば、被控訴人が昭和四四年一一月一三日にした本件てん末公表の内容は別紙のとおりであることが認められるところ、前記令のいうてん末の公表とは右のていどの経過の公表をもって必要かつ十分であると解するのが、その文言自体の意味および法令の趣旨に照らし相当であるから、控訴人らの前記主張は失当である。
そうすると、控訴人らの本件不作為違法確認請求も不適法である。
四、本件決定の一部取消しを求める訴えの適否について。
まず、右取消しの訴えにつき控訴人らの原告適格、すなわち、控訴人らが右決定の取消しを求めるにつき法律上の利益を有するか否かについて検討する。
思うに、町名は、当該地域住民の日常生活にとって密接な関係をもつものではあるが、元来、それは、単なる地域特定のための名称であるにとどまり、個人が特定の町名を自己の居住地等の表示に用いることによる利益不利益は、通常、事実上のものであるにすぎないのであって、地域住民であるからといって、直ちに現在の町名をみだりに変更されないという利益が法的に保障されているものと解すべき根拠は存しない。町名変更等によって生ずる控訴人ら主張の出費は住居表示の実施に伴う必然の結果として当該区域内の一般住民がひとしく受ける負担であり、右出費を免れることによる利益を法的に保護された利益と解することはできない(最高裁昭和四八年一月一九日判決民集二七巻一号一頁参照)。このことは、法が、その一条において、法の目的を合理的な住居表示の制度及びその実施について必要な措置を定め、もって公共の福祉の増進に資するためのものである旨定めていることによっても明らかである。したがって、地域住民が市長のした町名変更等の処分内容に関し裁量逸脱等の違法を主張してその取消を求める法的利益があるという控訴人らの所論は失当である。法五条の定めを根拠として前記の見解を左右することはできない。
また、控訴人らは、地域住民は町名変更にさいし被控訴人市長が適正な行政手続によってこれをなすか否かについて法的利益を有する旨主張するので按ずるに、昭和四二年の法改正により新設された法五条の二によれば、市長が住居表示実施のため地方自治法二六〇条一項により町の区域の新設等について議会の議決を経ようとするときは、あらかじめ、その案を公示すべきものとされ、もし区域住民が右案に異議あるときは所定の方式により市長に対し案の変更請求をすることができ、そのさいは、市長はその要旨を公表する等の義務を負い、また、議会も公聴会を開き、当該区域住民の意見をきいた後でなければ議決ができない旨定められているほか、≪証拠省略≫によれば、本件池田市の場合は、つとに昭和三八年七月一日池田市住居表示審議会設置条例、同規則を公布施行し、住居表示実施に当っては市議会議員五人、関係官署の長四人、学識経験者若干名、市職員若干名(以上合計一八人以内)の委員をもって構成される審議会が被控訴人市長の諮問に応じて意見答申をするものとされていることが認められ、以上の限りにおいて、地域住民または右審議会は法規上被控訴人市長のなす町名変更等につき一定の手続参加が認められていること控訴人ら所論のとおりである。しかして、市長としては右法規を適正に遵守し、いやしくも独断に走ることなく適正な住居表示行政を策定実施すべきであることは多言を要しないところである。しかし、以上のような法規が定められた所以は、要するに、被控訴人市長が町名変更等の処分をなすにつき、あらかじめ審議会の答申を聴き、また、所定の場合には直接住民の意見を徴することによって再考をなし、もって前記のような法の目的にそった適正妥当な行政効果をあげようとするためのものというべきであって、右のような手続規定が直接区域住民の個人的または私的な利益を法的に保護するものであると解することはできない。区域住民にこのような手続参加を認められていることは町名変更等につき当該区域住民に一定の利害関係が存するからであることはこれを否みえないとしても、それは、ひっきょう、事実上の利害というほかない。控訴人らの前記主張も採用することができない。
そうすると、控訴人らには本件決定の一部の取消しを請求する法律上の利益はない。右取消しの訴えもまた不適法である。
五、よって、これと同旨の原判決は相当で、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、九三条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長判事 井上三郎 判事 石井玄 畑郁夫)
<以下省略>